2011-10-31

育てる

調べ物をしていたら素敵なblogに辿りついてしまった。

なんでもかんでも1clickで知った振りのできるネット社会のこの状況て如何なものかと首を傾げてしまう時もあるんだけれど、でもこのように「良いな」と思える機会もあるんだよね。



それはあるアーティストのblog。
あたたかい丁寧な遊びのある素敵なものをつくる女性です。
彼女の生み出す作品に魅了されて辿りついたのですが、でも惹きこまれた一番の要因は、彼女の映し出す愛娘の姿と、そしてその愛娘の日々を彼女の目線で観察して綴られている言葉でした。


んんん。
あたしは一体何に心をこんなにも動かされてしまったんだろか。
察するに彼女は一人で娘を育てている様子。

よくあるじゃない、子供の成長をblogにのせて可愛く撮影されたその写真にその日の感想文をくっつけてあるような、そうゆう。

彼女のはそうゆうんじゃないんだな。
一人の女性がたまたま血の繋がった縁で出会った女の子を、育てている。
たまたま彼女たちの関係は母と娘だったけれど、でもそれって実はすごく興味深い"出会い"な訳で。

彼女がこの小さな女の子にものすごく興味をもって、日々接して、感じて、愛を注いで、驚いて、喜んで、楽しんで。
"育てている"というこの感じにえらく感動してしまった。
とってもとっても楽しそうで、限りなく夢中。

この彼女のblogは決して愛娘のためだけにあるものではなく、彼女の創作の日々を綴ってあるものでもあるんだけれど、なんかね。
同じだった。
彼女の目線ですくい取られ、彼女が「面白い!」と感じて興味を注いでいる沢山のもの達の中にその女の子もいる。自然と自分が産んだその小さな女の子がいた。ってゆう、なんかそんな感じ。

その子が産まれた事で時間の配分や生活のペースに変化はあっただろうけれど、
足されただけで欠けたものはない様に映る。
(でもまぁ、実際のところはわからないよね。他人にはわからない色々が彼女たちにもあるよね。色々あっての、その姿だよね。)



とにかくぽろぽろ泣けちゃって。(最近感激屋さん。)


どうしてかな。
自分の理想とする、"人を育てる"って姿に触れたからなのか。それともひとりの人を"産んで""出会って""育てる"ってことに心奪われちゃったからなのか。




"娘"という間柄で出会ったこの女の子は、彼女にとって必要なエッセンスだったに違いない。
大事なエッセンス。

そんな風にわたしは感じたの。
わたしはね。



そしてついつい、憧れてしまった。
こんなのもいいなって、そう思ってしまった。

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